2019年9月29日聖日礼拝
聖書箇所:マタイ6・7~34
「主の祈り」は、「祈りを教えてほしい」と言う弟子たちの求めに応じて、イエス様が教えてくださった祈りです。
私たち現代人は何でも公式に当てはめることが好きであり、それは祈りでも例外ではありません。
ところが実際に「ヤベツの祈り」や「ヤコブの祈り」をやってみても、長続きしないことがあります。
イエス様が「第一に求めなさい」と教えられた「神の国と神の義」についてですが、「神の国」とは神の支配、「神の義」とは神の御心を表します。
この2つを求めることで、主の祈りを通して神の国と神の義を学ばされました。
①神は全知全能のお方であり、私たちの必要を知っておられます。
ですから、神様に分かってもらうために繰り返し求める必要がありません。
②「天にいます私たちの父」とは、私たちのお父さんです。
私たちはその家族という新しい関係の中で祈ることができます。
③「御国が来ますように」とは、将来現われる御国以上に、今の自分の人生の全領域において、イエス様を王としてお迎えし、支配していただくためのく祈りであります。
④「日毎の糧を与えたまえ」とは、ただ生きるための食物のこと以上に、私たちの霊魂が生きるために神様のことばを求める祈りです。
⑤「負い目を赦したまえ」とは、人間同士の関係には間違いや過ちがあるため、互いに赦しを求め、悔い改めて新しいスタートを求めることです。
⑥「試みにあわせず、悪から救い出してください」とは、悪の力が実際に存在することを知り、試みと悪から守られるように祈り求めることです。
このような祈りの中で神の国と神の義が示され、すべてのことが益となるのです。
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