聖霊による神の愛  説教:小林基常師

2017/7/9  聖日礼拝メッセージ

聖書箇所:黙示録3・7~13

ぺンテコステの日に注がれた聖霊については、聖霊なる神、神の霊、御霊、主の霊、御霊など、聖書全体で300回以上言及があります。
聖霊は、終わりの時代に向けた神様の直線的なご計画のために、ビジョンを持って私たちを導いてくださるお方です。

クリスチャンの信仰生活の基本としての聖霊について、使徒パウロの説く教理(ローマ1章〜11章)を中心に、(1)聖霊による歩み、(2)聖霊の賜物、(3)聖霊の現れの3つのポイントから学んでいきます。

注がれた聖霊の働き

信仰と希望と愛(5節)は、聖霊様によって持つことができるものです(Ⅰコリント13・13)。
信仰によって義とされた私たちに(1節)、忍耐を通して練られた品性によって希望が与えられます(4〜5節)。
パウロの説く「救いの福音」は、まず救われることで罪赦された者とされ(義認)、真理や勝利、栄光を経験しながら、どんな状況にあっても揺るぎない希望が育まれます。
そして、聖霊様のお働きによってきよい神の愛、つまりキリストご自身の愛(アガペー)が私たちに注がれます。

神様が備えられた良心や律法を破って生きる罪人であった私たちのために、イエス様は死んでくださいました(8節)。
神様に真っ向から敵対し怒らせる存在であった人間を、ありのまま受け入れ、犠牲を払い、罪を償ってくださったのです(9節)。

1.聖霊による歩み(ガラテヤ5・16、25)

ローマ書によれば、私たちはこの世から分かたれた聖徒です。
この「歩み」はクリスチャン生活の基礎であり、継続して実践すべきものです。
「聖霊による」とは、内住される聖霊の臨在に常にとどまることです。
主が再臨される日まで、具体的に聖霊様と1つになる、結びあわされるということです。

ガラテヤの教会は聖霊による歩みを熱心に追求してスタートしましたが、やがて世に引きずられて生きるようになり、パウロは悲しみました。
聖霊の内住を求めなくなると、主の教えに違反するだけでなく、聖霊様の導きがわからなくなってしまいます。

地を満たす雨のように降り注ぐ聖霊の満たしが、イスラエルの上に、そして日本にも注がれるよう願うものです。

2.聖霊の賜物(使徒2・38〜39)

聖霊様が下さる賜物には、預言のような特別なものもありますが、信仰によって歩むクリスチャン、そして教会のうちには、さまざまな賜物(御霊の賜物)を委ねてくださいます(コリント12章)。
その中でも最高の賜物は、愛です(Ⅰコリント13章)。
信仰生活と経験の中で最も大切かつ普遍なもの、最も優れているものは愛なのです。
そしてこの愛をもって神様に仕えるべきです。

3.聖霊の現れ(Ⅰコリント2・4)

宣教や信仰の証しも含め、クリスチャンの働きは聖霊様によってなされるべきものです。
聖霊を受けて、地の果てにまで主の証し人として歩み続けていこうではありませんか。

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