2017/1/1 新年礼拝メッセージ
聖書箇所:Ⅰテモテ6:12
今年のオリーブチャペルのテーマは、「勇敢なる信仰の戦い」(Ⅰテモテ6:12)です。どうすれば、具体的にこのテーマを実践していくことができるのでしょうか。
1. イスラエル人の出エジプト体験から
出エジプトを果たしたイスラエルの民は、神様が次々となされる救いの御業を通りながらも、飲み水がない、食料がないと言って主につぶやきました。つぶやきは神様に対するものであり、神様の怒りを招きます(ピリピ3:8~12)。
偉大な主の働きを見ながらも、不信仰になって、神様の御心に沿えない歩みをすることは(Ⅰコリント10:1~5)、私たちの信仰生活でも起こり得ることです。神様は私たちに、「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」(Ⅰコリント10:11~13)と忠告しておられます。
2.現代におけるクリスチャンの信仰の課題
この世の荒野を生きている私たちは、どうすれば神様の御心に沿って歩んでいけるか、ヨシュア5章2節~9節から学びます。
1)自分たちが神の選びの民であることを確認する
約束の地カナンへと入るにあたり、民が真っ先に行ったのは割礼でした。割礼は、神の民であることを肉体に刻んだしるしです。クリスチャンはキリストの洗礼、つまり心に割礼を受けました。
しかし、この「神の選びの民」という確信を忘れてエジプトを懐かしんだことで、民の大分部は滅ぼされました。私たちも神に選ばれたという意識が薄れ、信仰が弱まると、つぶやきや不平不満が起こります。「クリスチャン」とは「キリストに属する者」ですから、これをしっかり意識して、この世の支配に負けることがないようにしましょう(イザヤ43:1~4)。
2)過ぎ越しの祭りを確認する
イスラエルは、荒野での40年間で、神の選びの民であることを忘れたことで、食物など、人間中心の問題ばかりに振り回されるようになり、過越しの祭りを忘れてしまいました。
過ぎ越しの祭りは、出エジプトにおける神様の最大の御業です(出エジ12:11~14)。そしてイエス様は、神でありながら人となって十字架にかかり、私たちを罪から贖い出して神の子としてくださいました。クリスチャンとしてこれを忘れてしまうと、恵みを失い、荒野によって荒んだ信仰になってしまいます。
ですから、(1)神に選ばれた民であること、(2)キリストの十字架による贖い、この2つを心に刻みましょう。この2つが明確になった時に、私たちは荒野から約束の地カナンへと進むことができます。この新しい一年にあっても、信仰者として良き戦いをすることができます(参照・ピリピ3:12~17)。
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